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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)3221号 判決

原告

大浦一二

右訴訟代理人弁護士

池谷昇

永田泰之

被告

東葉産業株式会社

右代表者代表取締役

小口大逵

右訴訟代理人弁護士

中島敏

主文

一  被告は原告に対し、金六万五〇〇〇円及び内金五万二五〇〇円に対する昭和六二年三月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、全部原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者双方の申立て

1  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、金一八七万五〇〇〇円及び内金一七五万円に対する昭和六二年三月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者双方の主張

1  請求の原因

(一)  原告は、昭和五九年八月二四日、足立職業安定所の斡旋により、各種フェンスやネットの加工取付け販売を業とする被告に、次の約定で雇用された。

(1) 職務 官公庁関係工事の営業を主たる業務とする。

(2) 給料 月額三〇万円(毎月二五日締切り・末日払)。

(3) 賞与 年間最低二か月分。

なお、賞与については、被告が足立職業安定所に提出した求人カードの「近年のボーナスの実績」欄に「二か月~三か月」と記入し、事実、原告の採用以前は年間最低二か月分の賞与を支給していること、被告代表者は、採用面接の際、原告に対して、特に「賞与が出ないこともあり得る」とは述べていないこと、原告の上司に当たる土屋部長が、採用当日、原告に対して賞与は出ると話していること、昭和六一年夏の賞与が支給されなかった際に従業員全員が大騒ぎをしたことなどから、被告においては、「少なくとも賞与は年間最低二か月分は支給する」との労働慣行が存しており、これが雇用契約の内容となっているものである。

(二)  原告は、昭和六一年一一月二九日、被告代表者から、突然、正当な理由もなく、同日限りで退職することを求められ、以後の就労を拒否された。そこで、原告は、昭和六二年二月一三日到達の書面で、被告に対し、同月二八日をもって雇用契約を解約する旨を通知した。

(三)  被告は、賞与については、昭和六〇年度分として二〇万円、昭和六一年度分として六〇万円の各支払をせず、また、給料については、昭和六一年一一月二六日から昭和六二年二月二八日までの分として九五万円の支払をしない。

(四)  原告は、被告に雇用されている間、次のとおり休日労働をした。

(1) 昭和六〇年四月二一日(日) 神津島出張。

(2) 同年八月二五日(日) 右同。

(3) 同年一一月一七日(日) 葛飾清掃工場。

(4) 昭和六一年二月二三日(日) 小台処理場。

(5) 同年三月三〇日(日) 右同。

(6) 右の休日労働に対する割増賃金は、一日当たり一万二五〇〇円として、計六万二五〇〇円となる。

(五)  よって、原告は被告に対し、未払賞与八〇万円、未払給料九五万円、休日労働の割増賃金六万二五〇〇円(労働基準法一一四条により同額の付加金を請求)の合計一八七万五〇〇〇円及び内金一七五万円に対する弁済期到来後の昭和六二年三月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する認否

(一)  請求の原因(一)は、職務及び賞与を除き、認める。原告の職務は官公庁関係工事の営業に限られておらず、また、賞与の約定はなかった。

(二)  同(二)は、被告代表者が、昭和六一年一一月二九日、原告に対して退職を求めたこと、原告が、昭和六二年二月一三日到達の書面で、被告に対し、同月二八日をもって雇用契約を解約する旨の通知をしたことは、いずれも認めるが、その余は否認する。

後述のとおり、被告代表者は、昭和六一年一一月二九日をもって原告を懲戒解雇したものである。

(三)  同(三)は認める。ただし、昭和六一年一一月二六日から同月二九日までの給料四万円のほかには、被告に支払義務はない。

(四)  同(四)は、原告が神津島に出張したことは認めるが、その余は否認する。

3  被告の抗弁

(一)  原告と笹嶋興業株式会社との間では、足立区立西保木間第二公園のフェンス張替え工事に関して、設計、積算段階から協力関係にあり、笹嶋興業が落札した場合には被告が下請け業者として協力することで話合いが進んでいた。この経緯については、原告も交渉に参加して了知しており、下請け代金を四八〇万円とするように被告から指示されていた。

(二)  しかるに、原告は、見積書を笹嶋興業に提出して営業活動をしなかったばかりでなく、「コロナ・クレーム・エイジェンシー・代表者大浦一二」(以下「コロナ」という。)の名義をもって、しかも金額を四四二万円とする見積書を提出して自己のために営業活動を行い、被告の得意先を簒奪することを企てた。

(三)  笹嶋興業は、原告が右の見積書を提出したことに不審を抱き、ひいては、かかる人物を雇用している被告に対してまで疑問を抱くようになり、被告に対する西保木間第二公園のフェンス張替え工事の下請けを中止するに至った。

(四)  原告の右行為は、職務命令違反、職務専念義務違反、競業避止義務違反及び誠実義務違反に該当するもので、従業員として許されない重大な背信行為である。

(五)  そこで、被告代表者は、昭和六一年一一月二九日、原告が笹嶋興業に提出した見積書の写しを明示し、懲戒事由を具体的に説明した上で、原告を解雇した。

(六)  よって、被告には、昭和六一年一一月三〇日以降の賃金を支払うべき義務はない。

4  抗弁に対する原告の認否及び主張

(一)  原告が、コロナ名義の見積書を作成して笹嶋興業に提出したことは、認めるが、その余は否認する。

(二)(1)  笹嶋興業と被告との間では、原告の尽力により、落札と下請けの貸借り関係が生じ、被告が落札した公共工事を笹嶋興業に下請けさせたことがあったことから、笹嶋興業としては、この次に落札する工事を被告に下請けさせなければならない立場にあった。

(2)  笹嶋興業は、昭和六一年八月二〇日、西保木間第二公園の改良工事(コラム式高尺フェンス)について、指名業者としての指名を受けると同時に、指名業者間の協議に基づいて落札の本命業者となった。

(3)  そこで、笹嶋興業は、前記貸借りの約束に基づき、被告に下請けさせるべく、被告に対して、入札価格調整のための実行工事費に関する見積書を作成して提出することを要請してきた。落札者と下請け者間では、実際に工事を施工する下請け業者が、落札が可能で且つ落札者にも一〇パーセント程度の利益が残る見積書を提出して入札に協力するものだからである。

(4)  原告は、直ちに、上司である土屋部長と被告代表者に右の事実を報告するとともに、遅くとも入札日である昭和六一年八月二六日の前日までに実行工事費の見積書を笹嶋興業に提出する必要のあることを申し出た。ところが、被告には右コラム式高尺フェンス工事の職方がいないこと等の関係から、原告の要請にも拘わらず、期限までに右の見積書が作成されなかった。

(5)  そのため、原告は、笹嶋興業の要請する見積書を作成して提出しないと、折角、笹嶋興業に約束させた「次の工事は被告に下請けに出す」との「貸し」が無駄になってしまうと考え、右「貸し」をそのまま維持しておくために、コロナ名義の見積書を作成して笹嶋興業に提出した。

しかも、笹嶋興業は、右約束に反して、落札した改良工事を被告ではなく株式会社さくら商運に下請けさせることを内定したとの情報があったことから、被告名義の見積書を提出して折角の「貸し」の権利を無駄にするよりも、これを留保するため、下請け契約の締結期限が経過した後に、笹嶋興業が欲していた請負代金の数字を示すためにのみ、コロナ名義の見積書を作成して提出したものである。

(6)  なお、コロナというのは、原告が過去に損害保険関係や建設関係のコンサルタント事務所を開設していたころの商号で、昭和五八年以降は全く営業活動をしていなかった。

(三)  したがって、原告には、職務命令違反、職務専念義務違反、競業避止義務違反等の重大なる背信行為は、いささかも存しない。

三  証拠関係(略)

理由

一  原告が、昭和五九年八月二四日、給料月額三〇万円(毎月二五日締切り・末日払)の約定で被告に雇用されたことは、当事者間に争いがない。

二  賞与の支払約定について。

原告本人尋問の結果によれば、原告は、職業安定所の係官から、被告は他社より賞与が良いといって紹介され、採用当日に、上司に当たる土屋部長から、賞与は二、三か月分出るといわれたが、被告代表者との面接時には賞与の話はなく、また、昭和六〇年暮れに賞与が二〇万円しか支給されず、昭和六一年夏に全く支給されなかった時も、特に異議を述べたり請求をしたことはないというのであって、賞与の支払約定があったとするには根拠が極めて不十分であり、これに被告代表者尋問の結果を併せれば、原告と被告間で賞与の支払約定があったとは、到底、認めることができない。

なお、原告は、被告においては、「少なくとも賞与は年間最低二か月分は支給する」との労働慣行が存しており、これが原告と被告間の雇用契約の内容となっていると主張するが、その主張するような事情のみでは、未だ規範的効力のある労働慣行の成立を認めることはできず、右主張は採用の限りでない。

したがって、被告には、原告の主張する賞与の支払義務はない。

三  休日労働について。

1  昭和六〇年四月二一日(日)及び同年八月二五日(日)の神津島出張について。

原告が右両日に神津島に出張したことは、当事者間に争いがない。しかして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、右両日ともに、日曜日を利用して出張先の神津島から帰ってきたというもので、日曜日に同島で被告の仕事に従事したものではないことが認められる。そうだとすると、原告は、休日に労働をした訳ではなく、労働を終えて帰路に就いたに止まるから、かかる休日を利用しての移動には、「休日に労働させた」ことを割増賃金支払の要件とする労働基準法三七条の適用はないと解するのが相当である。このことは、通常の勤務における朝夕の通勤が、労働と密接不可分の関係にありながら、時間内及び時間外のいずれの労働にも含まれないことと同様だからである。

2  昭和六〇年一一月一七日(日)の葛飾清掃工場での労働について。

成立に争いのない(証拠略)と原告本人尋問の結果によれば、原告は、右同日、東京都下水道局葛飾清掃工場内での信号機設置工事の施行に現場監督として勤務したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そして、原告の給料が月額三〇万円であることは前述のとおりであって、一日当たりに換算すると一万円となるから、被告は原告に対し、右休日労働の割増賃金として、二割五分を増した一万二五〇〇円を支払うべき義務があることになる。

3  昭和六一年二月二三日(日)及び同年三月三〇日(日)の労働について。

原告本人尋問の結果中には、原告は、右両日とも、東京都下水道局小台処理場の場内整備工事のために勤務したと述べた部分があり、また、証人大根田浩一の証言中には、被告からの下請け業者の立場として、右整備工事は工事期間が短く日程もかなり詰まっていたので、日曜日にも現場で仕事をしており、被告の責任者である原告も、現場において管理をしていた旨を述べた部分がある。

しかし、原告本人尋問の結果によっても、原告が、右両日に、具体的にいかなる仕事をしたのかが明らかでなく、この点は、証人大根田の証言によっても同様である。特に右証言は、原告本人尋問の結果の補強を目的としたものであるが、昭和六一年三月三〇日については、年度末はいつも忙しいので、この時も仕事をしたと思うと述べる一方で、当時は、小台処理場の現場は既に終了していて、その後処理か別の仕事の打合せをしたと思うと述べ、更に、打合せの場所も別のところで、時期も三月末ころというだけで日曜日かどうかは明確でないと述べるなど、曖昧なままで終わっている。

そして、本件の全証拠を検討しても、他に裏付けとなる的確な証拠はないから、右両日の休日労働については、これを認めるに由無いものというほかはない。

四  未払給料の有無について。

1  被告が原告に対して昭和六一年一一月二六日から昭和六二年二月二八日までの給料の支払をしていないことは、当事者間に争いがない。そして、右のうち、昭和六一年一一月分の給料の締切り日の翌日である同月二六日から同月二九日までの給料計四万円の支払義務があることは、被告の自認するところである。

2  そこで、昭和六一年一一月三〇日以降の給料について検討するに、右給料の支払義務があるかどうかは、被告主張の昭和六一年一一月二九日付け懲戒解雇の効力如何によって決せられることになる。

(一)  被告の代表者が、昭和六一年一一月二九日、原告に対して退職を求めたことは、当事者間に争いがなく、被告代表者尋問の結果によれば、被告は、右同日、原告がコロナ名義の見積書を作成して笹嶋興業に提出したことを理由として、原告を懲戒解雇したものであることが認められる。

(二)  原告は、コロナ名義の見積書を作成して笹嶋興業に提出したことを認めた上で、その経緯について詳細な主張をするが、以下に述べるような幾多の疑問があって、到底、採用することができない。

(1) 被告は笹嶋興業に対して「貸し」を有していたというのであるから、例え、被告が西保木間第二公園の改良工事について下請けをすることができなくなったとしても、更にその次の工事で下請けをすることができれば足りる筈であって、「貸し」の権利を維持するために見積書を提出する必要があるというのは、理解に苦しむ。この点について、原告本人尋問の結果中には、西保木間第二公園の改良工事を放棄すると、更にその次に予定されている別の工事に影響するかのように述べた部分があるが、納得のできる理由の説明はない。

(2) 仮に、西保木間第二公園の改良工事について見積書を提出しておかないと、その次の工事に影響して下請けができなくなるとしても、その場合には、被告名義の正規の見積書を作成して提出すべきであって、被告とは別組織であるコロナ名義の見積書を作成して提出するというのは、不可解である。コロナ名義の見積書を作成して提出することが、何故に、被告がその次の工事の下請けをすることができる根拠となるのかが、全く明らかでないからである。

(3) 原告は、入札価格調整のための実行工事費に関する見積書を入札日の前日までに笹嶋興業に提出する必要があったというが、原告本人尋問の結果中に、被告は、足立区役所の依頼に基づいて作成した直接工事費の見積書を情報として提供しているので、笹嶋興業としては、これで落札の数字を組むことになると述べた部分があることと符合しない。

また、原告は、落札者と下請け者間では、実際に工事を施工する下請け業者が、落札が可能で且つ落札者にも一〇パーセント程度の利益が残る見積書を提出して入札に協力することになっているとして、入札前の段階で下請けをする場合の価格の見積書を提出する必要があるかのようにいうが、下請け価格を幾らにするかは、入札が行われて落札価格が確定しなければ決定することができない筈であって、現に、原告本人尋問の結果中に、被告が下請けする場合の見積りは、落札後に笹嶋興業が注文者と契約を締結するまでに行えばよいと述べた部分があることとも符合しない。

(4) 笹嶋興業は、西保木間第二公園の改良工事を被告ではなく株式会社さくら商運に下請けさせることを内定したとの情報があったというが、そうだとすると、笹嶋興業は被告との貸借りの約束に違反したことになるから、被告の従業員である原告としては、むしろ、笹嶋興業の約束違反を問題にするのが職務上当然の責務というべきである。

しかるに、原告は、右約束違反を問題とするどころか、逆に、株式会社さくら商運に下請けさせた場合の見積額の適否や利益幅を知らせるために、笹嶋興業の求めに応じてコロナ名義の見積書を作成して提出したことになるのであって、被告の従業員としての職務上の義務に反しただけでなく、笹嶋興業の被告に対する約束違反の行為に加担したことにもなる。

(5) 原告は、笹嶋興業が株式会社さくら商運に下請けさせることを内定したとの情報があったので、被告名義の見積書を提出して折角の「貸し」の権利を無駄にするよりも、これを留保するために、コロナ名義の見積書を作成して提出したというが、かかる場合に、被告名義の見積書を提出することが何故に「貸し」の権利を無駄にすることになるのか、また、コロナ名義の見積書を提出することが何故に「貸し」の権利を留保することになるのかは、全く明らかでない。

(三)  かえって、被告代表者尋問の結果によれば、被告がコロナ名義の見積書を問題にして原告を解雇したのは、次のような経緯によるものであることが認められ、原告本人尋問の結果中、この認定に反する部分は、採用しない。

(1) 西保木間第二公園の改良工事(フェンス張替え)に関しては、笹嶋興業と被告との間で、設計、積算段階から協力関係にあって(被告が足立区役所の依頼に基づき、右改良工事の設計と直接工事費の見積りを行い、その情報を笹嶋興業に提供していた。)、笹嶋興業が落札をした場合には被告が下請け業者となることで話が進んでいた。

(2) 被告の担当者である原告もこのことを了知し、昭和六一年八月二八日ころには、上司の土屋部長から、下請け代金を四八〇万円とするように指示されていた。

なお、原告は、本人尋問において、土屋部長から下請け代金を四八〇万円とするように指示されたことを一貫して否定し、被告代理人の質問に対しても曖昧な供述を繰り返したが、結局、時期の点はともかく、下請け金額の指示があったことを認めるに至った。

(3) しかるに、笹嶋興業から被告に対して下請けの話がなく、逆に、同業者から、原告が西保木間第二公園の工事現場に出入りしているとの情報を得たことから、土屋部長が、同年一〇月初め、笹嶋興業を訪れて事情を聞いたところ、原告が提出したコロナ名義の見積書を見せられた上、笹嶋興業に対して、原告が「責任を持って仕事を完了するから自分にさせて欲しい。」と述べた旨の話を聞かされた。

(4) 土屋部長から右の報告を受けた被告代表者は、昭和六一年一一月二九日午後、原告に対し、笹嶋興業にコロナ名義の見積書を提出したことがないかどうかを尋ねたところ、原告は、これを否定し、逆に証拠の提示を求めた。

そのため、被告代表者は、笹嶋興業から貰ってきたコロナ名義の見積書の写しを示し、懲戒解雇ということで辞めてもらう以外にないと伝えたところ、原告は、一か月分の予告手当てを要求したが、これを拒否されたため、特に解雇には異議を述べることなく、同年一一月分の給料を受け取って帰宅した。

(5) なお、西保木間第二公園の改良工事は、下請けをした者が直接に行う必要はなく、更に、その技術や能力のある再下請けを利用すれば、法人や特別の資格のない者でも処理することが可能なもので、原告がコロナ名義の見積書を作成して提出したのも、右のような処理を意図したものと推認される。

(四)  右に見た事実を総合すれば、被告がした解雇の意思表示は、原告が従業員として尽くすべき職務専念義務、誠実義務に違反し、更には被告の得意先を簒奪しようとしたことを理由とするものであって、それが懲戒権の範囲を越える不合理なものであることを疑わせる事情も存しないから、懲戒解雇として有効であると解するのが相当である。

3  したがって、原告は、昭和六一年一一月二九日をもって被告の従業員としての身分を喪失したことになるので、被告には、同月三〇日以降の給料を支払うべき義務はないことになる。

五  以上のとおりであって、原告の本訴請求は、昭和六一年一一月二六日から二九日までの給料四万円と昭和六〇年一一月一七日の休日労働による割増賃金一万二五〇〇円(他にこれと同額の付加金)の合計六万五〇〇〇円及び内金五万二五〇〇円に対する履行期の到来後である昭和六二年三月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田豊)

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